「かごめかごめ」の深層・変遷について


1月22日(土)「かごめかごめ(第一部)
今日から2日か3日に分けて、僕の卒業論文の研究内容を日記のネタにしていきたいと思います。


原稿用紙80枚分という事で、全てをコピペしていると1ヶ月は掛かると思うので要所を掻い摘んで書かせて頂きますヨ!


タイトルにも書きましたケド、僕が卒業論文として研究したものはわらべ歌として最も有名であろう「かごめかごめ」です。


現在において(結構前からですが)、「『かごめかごめ』は●●●…という解釈が出来るから怖い、あるいは悲しい歌である」という論調がありますよネ。そこらへんの考えをまず根本的に一掃する/否定するところから始めたいと思いますヨ。


「かごめかごめ」の歌詞といえば…



か ご め か ご め

か ご の 中 の 鳥 は

い つ い つ 出 や る

夜 明 け の 晩 に

鶴 と 亀 が 滑 っ た

後 ろ の 正 面 だ あ れ



ですよネ。幼稚園や保育園、小学校の音楽の授業においても僕はこのように習ってきましたし、多分皆さんも同じだと思います。





ここでまず一言!





上に書いた歌詞は明治時代以降に完成したものであって、「かごめかごめ」という歌が登場した江戸時代中期においてはかなり形が違った歌詞であるという事を申し上げておきますヨ。


「かごめかごめ」が最初に見られる文献において、歌詞はどうなっているのかといいますと…



か ご め か ご め

か ご の 中 の 鳥 は

い つ い つ 出 や る

夜 明 け の 晩 に

つ る つ る  つ っ ぱ い た

な べ の な べ の  底 抜 け



御覧の通り4行目までは同じなのですが、「鶴と亀が滑った」「後ろの正面だあれ」というコトバが書かれておりません。


また江戸時代における書物の中には最後の行、「なべのなべの 底抜け」は付いていたり付いていなかったりしますが、ところで「なべ」とは一体なのでしょう。鍋??


僕が参考にさせて頂いた方の考え方、また僕の考え方ですと「なべ」とは「つる」から連想されたモノ、つまりある種の「コトバ遊び」ではないかと考えました(「つる」とは囲炉裏などの上に鍋を釣るす為の弓状の部分の事です)


僕がここで言いたい事は冒頭にも書きましたケド、現在の「かごめかごめ」の歌詞を読んで「この歌はカクカクシカジカで怖い歌/悲しい歌だ」などという解釈をされる人間がいらっしゃいますが、「かごめかごめ」が初めて見る事が出来る文献にあるカタチと現在の歌詞のカタチが違うのであれば、現在のカタチのモノをいくら研究したって/深読みしたって「かごめかごめ」の真意に迫る事は出来ないワケだという事なんですネ。


じゃあ「かごめかごめ」真意なりルーツとは何か。それはまた明日(あるいは明日以降)!!乞うご期待。




追 伸


僕が論文を書く際に参考にさせて頂いたサイト様です。


最低山極悪寺(管理人・珍宝院釈法伝 様)
http://www.venus.dti.ne.jp/~bouzu893/index.html


※上記URLより、コンテンツ「言いたい放題」の中にある「かごめかごめ」「かごめかごめ2」を御覧下さいませ。
1月24日(月)「かごめかごめ(第二部)
さてさて22日の日記で「かごめかごめ(第一部)」をアップしたワケなんですケド、今日はその続きを書かせて頂きますヨ。


前回では「かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面だあれ」という歌詞は明治以降に成立・確立したモノであって、原形に近いであろう初期のモノとはかなり形が違うという事を発表しました。


そして前回日記の末尾において、僕が本卒論を書くにあたって参考にさせて頂いたサイト(最低山極悪寺様)へのリンクを貼らせて頂いたのですケド、皆さんはそちらの方はもう御覧になられましたか??


そちらの方を御覧頂いた方が今日の展開がスムーズなんですケド、御覧になってない方の為に簡単に説明させて頂きますと、そちらのサイト様ではまず初期「かごめかごめ」を見ることが出来る文献などを挙げ、それらの歌詞を比較し、歌詞の内容を読み解きつつ、初期の歌詞に出てくる「つるつる」の次に続くコトバを「失われた言葉」と定義し、それを考察し、再度全体像を考察。最終的には「かごめかごめ」は「所詮は子供の遊び歌」とされています。


しかし僕はこの「『かごめかごめ』のルーツは子供の遊び歌」説に対していくつかの資料を元に異議を唱えました。


その中で一番有力なモノが「日本のシャマニズム【下】」(著者・桜井徳太郎/吉川弘文館/昭和52年)ですネ。


桜井徳太郎さんはその著の中で、「かごめかごめ」のルーツは「地蔵憑け」「地蔵遊び」であるという考察をされております。


「地蔵憑け」「地蔵遊び」というのはどのようなモノかと言いますと、村々にある地蔵堂に安置してあるお地蔵様を村の集会場にあたる場所に持ってきて、一人の目隠しをさせた子ども(目隠ししない場合もあるそうです)と向かい合わせて座らせます。


次にそのお地蔵様と子供を何人かの人間(大抵の場合大人)が取り囲み、「物教へにござつたか地蔵さま 遊びにござつたか」「南無地蔵大菩薩 御憑きやれ 地蔵さん 地蔵さん 地蔵さん」などというバリエーションは数限りないですケド、お地蔵様と対面して座っている子どもにお地蔵様を乗り移らせる「歌(あるいは呪文のようなもの)」を歌うんですヨ。


しばらく歌っていると、お地蔵様と向かい合っている子どもが震えだしたりなどの異変を起こします。すると周りの歌を歌っている大人たちはお地蔵様が子どもに乗り移ったことを悟ります。


この「子どもにお地蔵様を乗り移らせた」目的とはなんでしょう。








その答えは「口寄せ」です。





口寄せとは「生者または死者の霊や神霊を呼び寄せ、その意思を言葉で語ること。また、それをする人」…つまり宗教儀式なんですネ。


お地蔵様が乗り移った子どもに対し、周りの大人たちは「先日●●を無くしたのだが、どこにあるのでしょうか?」「先日より体調が悪いのだが、原因と治し方を教えてください」などと質問をすると、お地蔵様が乗り移った子どもは的確な答えを返してくれる…これが口寄せであり、「地蔵憑け」「地蔵遊び」なんです。


それについて前出の桜井徳太郎さんの著作から引用してみると....↓




柳田国男は、乗るとはその児へ地蔵様に乗り移って下さいといふことであった。さうするうちにまん中の児は、次第々々に地蔵様になって来る。すなはち自分ではなくなつて、色々のことを言ひ出すのである。


さうなると他の子供は口々に、物教へにござつたか地蔵さま 遊びにござつたか地蔵さまと唱へ、皆で面白く歌つたり踊つたりするのだが、元は紛失物などの見つからぬのを、かうして中の中の地蔵様に尋ねたこともあつたといふ。と述べ、これが、以前には、まじめな信心者だけで集まって、神がかりした中座のいうことを聴いて、行動をきめた。そういう神の口寄せによる神託方式の流れをくむものである。と断定された(『こども風土記』一一頁)。


つまり遠い過去で盛んに行なわれた口寄せ方式が、その真似を子どもたちが繰り返すことによって、最近まで伝わり残ったのである。「かごめかごめ」が「地蔵遊び」から転化した証拠は、両方の遊戯を数多く集めて比較しさえすれば明らかとなるところである。





それらを御覧になりつつこの「地蔵憑け」「地蔵遊び」の内容を見て皆さん、「かごめかごめ」とのいくつかの共通点を感じませんか??




(1)
1人の人を核とし、その周りを数人で取り囲む

(2)
その核となる人は周囲が見えないように指示される

(3)
取り囲んだ人間が歌を歌う

(4)
歌を歌い終わった後、周囲の人間が中にいる人に質問をする




最低山極悪寺様が「『かごめかごめ』は子どもの遊び歌がルーツ」とおっしゃっていますが、以上のような視点から考えると宗教的儀式(「地蔵憑け」「地蔵遊び」に始まる口寄せ行為)であったものが次第に宗教的儀式色を薄め、結果としてそれが子どもの遊び歌となったと考えるのが極めて自然であろう、というのが桜井徳太郎さんのご意見であり、また僕が至った結論です。


「地蔵遊び」「アソビ」についても桜井徳太郎さんの同著より引用させて頂きますネ。




「地蔵遊び」におけるアソビという語が、こんにち一般に観念させるがごとき遊戯ではなくて、神事をカミアソビといい、巫女の巫儀演出をオシラアソバセ・オシンメアソビなどと称する例からみて、敬虔な神事儀礼の執行を意味するアソビの古語と脈絡を持つのではないかということが推察される。


つまり「地蔵遊び」は、後世にいたるほど本来の意味を失い、やがて児戯に類する様式に変質したけれど、元来は、神遊びに比定しうるほどの厳粛な宗教的儀式であった。そういう推察も可能となる。




…という事で、僕は「『かごめかごめ』のルーツ=口寄せ行為(宗教的儀式)であるとし、それを子ども達が真似し、宗教的儀式色が薄まった/皆無となった児戯(子どもの遊び)の歌となっていった...と結論付けましたヨ。


そして次の回ではちょっとオカルティックな面にも触れつつ、結論という事にさせて頂きますのでヨロシクお願いしますネ!
1月26日(水)「かごめかごめ(第三部)
さてさて!じらすカタチになってしまってすいませんでした。今日の日記で「かごめかごめ」についてまとめますヨ!


(第一部)(第二部)をまだ御覧になっていない方はコチラをまず御覧下さいネ。でないと今日の日記は理解できないと思いますので....。


…ということで(第一部)において今僕たちが口ずさんでいる「かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面だあれ」という歌詞は明治時代以降に確立したもの、(第二部)「かごめかごめ」のルーツは「地蔵遊び」「地蔵憑け」に始まる「口寄せ」という宗教儀式であったであろう…という事を書きました。


ほんでですネ。ここで僕はオカルティックな説を打ち立てたのですケド、それは「『かごめかごめ』『地蔵遊び』『地蔵憑け』という口寄せ・宗教儀式をルーツとするのであれば、『かごめかごめ』の歌詞も口寄せ的な…人間に神霊神仏を乗り移らせやすくするような意味を持っているのではないのであろうか」というモノです。


俗に言うトンデモ論ですネ。


では今一度、「かごめかごめ」初期の歌詞を見てみましょう!



か ご め か ご め

籠 の 中 の 鳥 は

い つ い つ 出 や る

夜 明 け の 晩 に

つ る つ る  つ っ ぱ い た

( な べ の な べ の  底 抜 け )


※( )部分はないものもある



ではこの歌詞に宗教的な、シャーマニズム的内容が含まれているのでしょうか??早速分解して解読していきましょう!



かごめ かごめ


冒頭のコトバであり曲名でもある「かごめかごめ」。まず日本国語大辞典によると「かごめ」は「屈(かが)め」「囲め」が変形したもの、訛ったものとされています。


僕はこの解釈を採用しましたヨ。



籠の中の鳥


続きまして「籠の中の鳥」です。これは色々な解釈をしました。


まずは「かごめかごめ」の遊び、あるいは(第二回目)に書いた「地蔵遊び」「地蔵憑け」というのは、何人かの人間が1人の人間を囲むというカタチじゃないですか。


つまり真ん中にいる1人の人間の受け皿的な意味での「籠」、そしてその中にいる一人の人間を「鳥」と表現したのではないかと考えられます。


また角川古語大辞典において(籠というものは)ことに鳥を入れるものを指していう事が多い」とあるので、なぜ「籠」「鳥」なのかという疑問もこれで説明できそうですネ。


しかしながらこれではトンデモ論にならない!!というワケで、色々調べてオカルティックな解釈を見出しましたヨ。


「カゴ」は先ほど言った意味での「籠」、そしてもう一つの掛詞として「加護」があると考えました。「加護」とは「神霊の力によってに守られている状態」、続く「鳥」は隠語辞典において「網に掛かった鳥のように無抵抗な人物」という意味があるとのこと。


つまり「加護の中の鳥は」となり、「多くの人に囲まれ、また神霊の力によって守られている、網に掛かった鳥のような無抵抗な人(円の真ん中にいるあなた)は」という解釈を導き出したんですネ。これはかなり宗教的/シャーマン的な要素が色濃くないですかッ??



いついつ出やる


これについてですが、普通に解釈したら「いつ(外へ)出るのであろう」となります。でもこれでは意味が通りませんよネ。囲まれている真ん中の人が外に出てしまっては儀式が成り立ちませんから....。


ここで色々と調べてみたんですケド、角川古語大辞典において「出る」とは「ある態度をとる」「ある言語・音声が、それとわかる形になって実現する」という意味があるとのこと!


これはまさに「いつになったら神霊・神仏が憑依して、それらの言葉を発するのか」という意味に他ならないと思います。どんどん宗教的/シャーマニズム的な要素が深まってきましたヨ!!



夜明けの晩


まずこれは有名な話なんですケド、「晩」というのは夕方周辺の時間帯を指す言葉なんですネ。対して「夜明け」というのは太陽が昇る頃、明け方を指すワケなんです。


つまり「夜明け」と「晩」は繋がらない時間帯なんですヨ。


例えばこういう言い方はしませんケド、「夜明けの早朝」という表現なら時間帯としては繋がるから「ああ、5時とか6時とかそこらへんの時間の事かな?」となるワケじゃないですか。


でも全く繋がらない時間帯を並べた言葉からは何を感じれば、解釈すればいいのでしょう。


僕はこれを「何時何分何秒という時間のモノサシでは計れない時間帯…つまり『いつでもない』『いつだか判らない』時の流れ」。このように解釈します。


加えて「夜明けの晩」…、先ほども言いましたけど「明け方」「夕方」ですよネ。つまり太陽が昇ってくるべき時間に太陽が沈んでいく。夜が明けようとするがまた夜が始まる…つまり永遠に朝が来ないという事ではないでしょうか!


これは囲まれている中の人の心理状態を指すものではないかという考えから、「意識が戻ろうとすぐけど、戻らない」という有意識・無意識の行ったり来たり…トランス状態(あるいはトランス寸前の状態)を表す言葉であるとしました。



つるつる つっぱいた


「つるつる」とは、日本国語大辞典において「速やかに、円滑という様子、つるっと」という意味が載っているのでこれに忠実な解釈をしました。


では「つっぱいた」とはなんでしょう。これは関東地方の方言である「つっぱいる(突っ入る)の過去形…つまり「サッと押し入る」「無理やり入る」だと考えるのが一番自然だと思います。実際に「かごめかごめ」の発祥は関東地方ですしネ。


…となると「つるつる つっぱいた」「速やかに・円滑にサッと入った/押し入った」という解釈となります。


じゃあ何が何に「サッと押し入る(この場合過去形なんで『押し入った』)のでしょう。




それは一つしかありませんネ。「囲まれている真ん中の人間の体」に「神霊・神仏」が入り込んだ/サッと押し入ったと考える以外にありません。



なべのなべの 底抜け


これについては(第一回)でも述べましたが、「なべ」とは「つる」から連想される言葉遊びにより生じた言葉で、この「なべ」という言葉が絶対に使われなければならなかったという事は無かったと考えます。


ゆえにこの「なべのなべの 底抜け」は、「籠の中の鳥」と同じ意味合いでこの「かごめかごめ」、あるいは「地蔵遊び」「地蔵憑け」の見た目を表現したものではないかと考えますヨ。


囲んでいる円は「なべ(鍋)」にモチロン見えますし、手を繋いだだけの円ですから当然真ん中はカラッポ/スカスカの「底抜け鍋」ですよネ。





さてさて、かなり長くなってしまったので結論はまた明日(もしくは次回)ということで!最後の最後までじらしてしまってごめんなさいヨ…。
1月28日(金)「かごめかごめ(最終話)
ということで「かごめかごめ」の話題は今回にて終了!じらせまくりの挿入ナシでスイマセンでした!!(色んな意味で)


さてさて「『かごめかごめ』関連の日記を見たのは今日が初めて!」というお方はコチラを先ず御覧下さいネ。


(第一回)では現在我々が歌っている「かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面だあれ」という歌詞は明治以降に成立したものである事を発表し、(第二回)では「かごめかごめ」のルーツは「口寄せ」であった事を発表、そして(第三回)では僕独自のオカルティックなトンでも論を発表したワケですヨ。


今言ったんですケド前回(第三回)で僕独自の解釈論を述べたワケなんですが、現在の歌詞のカタチ(前述のため省略)の解釈はどのようなものがあるか見てみましょう!



(1)「流産」説


「かごめ」「籠を抱えたような体型の女性=籠女(かごめ)、つまり「妊婦」と解釈する説です。


続く「籠の中の鳥は」は自然な解釈として「お腹の中にいる赤ちゃんは」となりますよネ。「いついつ出やる」も自然な流れで「いつ生まれるのだろうか」となります。


「夜明けの晩」「深夜〜明け方の時間帯」という解釈、あるいは僕の解釈である「太陽が昇ろうとするがまた沈んでいく→有意識と無意識の行ったり来たり」に近い解釈で、「正常な状態と異常な状態の行ったり来たり」……つまり「悪阻(つわり)/陣痛」という意味で採られているのが一般的みたいですネ。


そして明治以降の歌詞から登場する「鶴と亀が滑った」ですケド、まず昔から「鶴は千年・亀は万年」という事で「鶴」と「亀」はとっても縁起の良いものとされてきました。


その縁起が良いものが転ぶ…。即ち一転して不幸な・不吉な・不気味な事を指すのでは…?という解釈が一般的なようですヨ。


また、千年・万年も生きるという事から、それらが転ぶ…つまり「時代が大きく変わる」という解釈もできるようですネ。ただこの(1)では前者を採ります。


最後はこれも明治以降に作られた「後ろの正面だあれ」ですネ。ではここで改めてこれまでの本解釈の内容を整理してみましょう!



籠女籠女
(妊婦さん、妊婦さん)

籠の中の鳥は
(お腹の中の赤ちゃんは)

いついつ出やる
(いる生まれるの?)

夜明けの晩に
(深夜〜夜明けの頃に/悪阻・陣痛で意識が定かでない時に)

鶴と亀が滑った
(とても縁起の悪い事が起こった)


そして「後ろの正面だあれ」と続くワケですネ。これは一般的なモノですと【1】その妊婦(嫁)の事を良く思っていない姑が、妊婦(嫁)を階段から突き落とします。結果流産してしまうのですが、その突き落とされた時に意識朦朧としながら「私を突き落としたのは誰…?」と背後を振り向こうとしている.....のようですヨ。

その他としては【2】流産してしまった赤ちゃんの霊(水子)が「後ろの正面」に立って、本当は母親となるはずだった人をジッと見ている...というものがあるようです。


あっちなみに「鶴と亀が滑った」が出てきた理由としては、本来の歌詞である「つるつる つっぱいた」「つるつる」「つる」「鶴」となり、江戸時代の人間は「つる」から「なべ」を想像したのに対し、明治以降のある人間が「亀」を想像したから「鶴と亀」になったのではないかとされています。



(2)「遊郭」説


これも結構有名な説ですよネ。


「かごめ」は(1)同様「籠女」とするのですケド、意味が違って「貧困から売られてしまい、囚われの身の自由が無い女性=遊郭の女」としていますヨ。


続く「籠の中の鳥は」は自然な解釈である「遊郭にて働かされている(その)女の人は」とします。


そして「いついつ出やる」というのは、「いつになったら出番になるのだろうか」と解釈するみたいで、この場合は「いつ最初の出番が来るのだろうか」という解釈を採るようですネ。


「夜明けの晩」…これは(1)でも言いましたケド、「深夜〜明け方」という時間帯としての意味を採っているみたいです。


続く「鶴と亀が滑った」ですケド、これは隠語辞典によると「鶴」若い女性を指し、「亀」男性(男性器)を指す事が解りました。それらが「滑る」…これはセックスを表現しているものだと言えますよネ。つまり「ついに客を取らされてしまった」という事ですヨ。


最後の「後ろの正面だあれ」ですが、これも(1)同様ここで改めて内容を振り返ってみたいと思います。



籠女籠女
(囚われの身になり、自由が無い遊郭の女の人)

籠の中の鳥は
(その遊郭に入れられた女の人は)

いついつ出やる
(いつ最初の客を取らされるのであろうか)

夜明けの晩に
(深夜〜夜明けの頃に)

鶴と亀が滑った
(ついに客を取らされてしまった)



この流れを受けての「後ろの正面だあれ」とは、”行為”を終えて、客の入口に背を向けてすすり泣きながら「次はどなた?」と言っている風景の描写であるとのこと。


う〜ん(1)が怖い内容であるのに対し、(2)は何とも言えぬ悲しさを感じる内容ですよネ...。というか、このような話は実際にありそうですし…。



(3)「その他」説


(1)(2)以外にも徳川埋蔵金のありかを歌ったものであるという説日ユ同祖論(日本とユダヤ人の起源は同じとする論)を裏付ける歌であるという説日本神話についての歌であるという説飢饉による口減らしの歌であるという説…などなど色々ありますヨ。


しかし(1)(2)も含めてそれらの説は明治以降に成立した歌詞の解釈であるから、どれだけ現在我々が歌っている歌詞を深く探求しようとも総じて「かごめかごめ」の歌の真意やルーツは見えてこないワケですし、現在の歌詞から生まれる解釈はいずれも(巧妙な)作り話」の域を出ないのです。



結 論(卒論原文ママ)


江戸時代、そして明治〜昭和(初期)、そして現代という区切で、これまでいくつかの現代の「かごめかごめ」の解釈を見てきたが、本章冒頭でも書いた通り、現代の「かごめかごめ」の歌は成立期に最も近い江戸時代に発表された文献に記されている形とは異なり、現代の「かごめかごめ」をいくら色々な視点から考察してみても、本来の「かごめかごめ」の真意やルーツに迫ることは不可能に近いと言える。


「かごめかごめ」は神寄せの儀式から発生し、児戯となり、そして現在においていわゆる「暗号歌」のような存在となった。その経過が自然なものである事は本論文で今まで論じてきた事から御解り頂けるだろう。


「暗号歌」のような存在となった今、改めて「かごめかごめ」に口寄せの要素を追及する必要は無いだろう。時代の変化とともに「かごめかごめ」は歌詞が故意的な部分を含め改変され、口寄せ的要素を失い、不気味さ/不可解さだけが残るわらべ歌となってのである。


不気味だからこそ、不可解だからこそ、「かごめかごめ」は人々の心を掴み、人々は「かごめかごめ」を暗号歌だとし、意味を持たせようと様々な解釈・研究をしてきた。そこにはノストラダムスの詩を研究し、大予言だと読み解くのと非常に良く似た図式を見出す事が出来よう。


また別の視野から見ると、「かごめかごめ」のルーツである神寄せの儀式「地蔵遊び」が平安時代にまで遡る事が出来るということを書いたが、これは言ってみれば庶民の間で「神仏混合」が既に平安時代において、民衆間でも深く根付いていた事を示す興味深い事実であり、その延長線上に「かごめかごめ」が存在しているということは、日本史研究の面においても意味のある発見であると言える。


中世以前にそのルーツを持ち、庶民の生活に深く入り込んできた「かごめかごめ」。江戸時代に発表された文献から現代に至るまでに経た変化と同様、人々や時代の移ろいとともに、これからも形を変えて歌い継がれていくのであろう。



(完)




いかがだったでしょうか??宜しかったら感想・御指摘等お願い致しますネ。

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